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コリー達に囲まれて

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In 07 2014

29
Category: 飼育   Tags: ---

コリー:マイヤの安楽死について

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●左のトライが赤ちゃんの時のマイヤです。
BabyMaya

昔の手帳を引っ張り出して、膵炎を患ったマイヤを看護し、安楽死で見送った時の
記録を読んでみました。マイヤが食欲が無いので、特に食い意地の張っている子
なのに、おかしいなと思い始めたのが、残暑厳しい2010年の9月の3日でした。

その日の未明にシェルティのビビがエアコンの冷気が届く所のバリケンに居たのに
死んでいました。数ヶ月前にひどく体調を崩していたので、熱中症であったのか、
他の理由だったのか分かりませんでしたが、突然のことでショックを受け、しかも
治療の為に動物病院へ連れて行ってやることもできなかったので、不憫でしかた
ありませんでした。小さい小さい可愛いお顔のシェルティでした。

Bibichan

その頃、生後30日くらいの子犬達を2胎(過去の記録を調べなければ正確には
分かりませんが、たぶん12頭くらい)飼育中で、もう1胎の5頭くらいは生後60日が
近くなっており、ビビが急死した日と、その次の日に空輸の予定が3つもありました。
暑さで遺体の腐敗が進むことを考え、すぐに霊園に連絡を入れたりしていたので、
マイヤを病院へ連れて行くことができませんでした。

当時は、マイヤの母親の14歳のミリオンが認知症で徘徊を続けており、時々、
パタッと倒れては動けなくなって、もがくので、ミリオンの様子も常に気にかけて
いなければなりませんでした。

食欲が無いのに気付いたのが9月3日で、9月5日に子犬2頭を空輸する為
空港へ行く準備をしていた時あたりから、水を大量に飲んですぐに吐き戻すので
これはただ事ではないと思い、子犬たちが飛行機に積み込まれたのを確認後、
急いで帰宅し、マイヤを病院へ連れて行きました。
うだるような暑さの中、3台のエアコンのうちの1つが壊れて、業者さんに見に来て
もらわねばならなかったり、気が狂いそうな忙しさでした。

マイヤの検査を色々としてもらいましたが、当日には結果が出ず、獣医さんは
腹水にバイ菌が入っている可能性があると言い、私が心配していた子宮蓄膿の
可能性は低いとのことでした。翌日、アミラーゼが多いので膵炎の可能性があると
言われ、もっと詳しい検査に出せば、数日かかるけど、原因がはっきりするがと
言われましたが、そんな悠長なことはしていられませんから、すぐに膵炎の治療を
始めてもらいました。一応、検査には出してもらいましたが、結果が届いたのは
マイヤの死後でした。やはり膵炎でした。

9月5日から10日まで通院しました。犬は在宅治療の方が精神的ストレスが小さくて
済むので、私は、大怪我とか危篤状態というので無ければ入院はさせませんし、
獣医さんもその方が良いと言って下さっています。

私が行う介護や看護は1日24時間です。ですから24時間の犬の苦しみが全て
見えるのです。犬が衰弱して死に至る全容が見えるのです。会社勤めの人は
会社を休まねば24時間介護や看護はできません。犬の為に会社を休ませてくれと
言えないでしょう。それは仕方のないことです。

獣医さんの薦めで、マイヤを最初に病院へ連れて行った9月5日から点滴と投薬の
為に片道7分の病院に通い始めました。病院の定休日も来るように言われ、連れて
行きましたが、5日目の9月10日に、獣医さんから、「可哀そうだけど、この子は
助からないよ。だったら家に置いておいた方がよくないかな」と言われました。

歩くのが辛そうで、辛すぎて車酔いすらしないほどでした。それで、在宅で、治る
見込みも無いのに投薬を続け、獣医さんの指示どうり、1日に500mlの水だけを
10回に分けて与えました。飲ませすぎたら嘔吐して衰弱が進行するとのことでした。
マイヤは飲みたがりましたが、与えることができませんでした。

食べ物は、様子がおかしいと思った9月3日から口にしておりませんでした。
それなのに9月8日に体重が増えているのに気付きました。腹水のせいでした。
お腹が膨らんで苦しいのでしょう。じっと横臥して休むことができなくなっており、
苦しい息の中、何度も姿勢を変えたりしていました。その頃から激痛の為、マイヤは
一睡もできなくなっていました。周辺の臓器に溶け出して細胞を破壊している膵液を
止めることはできませんでした。

マイヤの呻き声が聞こえる中、子犬達の離乳食の準備や排泄物の処理をし、認知症の
ミリオンがウンチを踏んづけ歩き回り、ウンチでべたべたになっているサークルの中を
片づけたりしていました。

子犬達は人工哺乳の時期を過ぎていたので、睡眠時間は4時間くらい取れるように
なっていたのですが、マイヤの通院が始まってから、また細切れの仮眠しか取れなく
なりました。身体もそうとうにきつかったですが、マイヤが助かるのなら、徹夜続きで
あっても数日ならなんとかなると思っていました。でも、24時間、止まることのない
喘ぐ声と、日に日に衰弱してゆく様子に、もう送ってやるべきだと思いました。これ以上、
無為に苦しませることはできないと思いました。

そして、獣医さんに安楽死の為に往診して頂きました。血圧が下がり過ぎて、血管が
浮き出てこず、注射がなかなか打てませんでした。こんな身体になるまで安楽死を
ためらったことを非常に後悔しました。
もっと早く、獣医さんが、通院しても治せないから在宅で看ることを薦めた9月10日か、
それよりももっと早くに安楽死の決断をするべきであったと後悔しました。私の決断の
遅れのせいでマイヤは48時間かそれ以上、身体の中をかき回すような激痛に耐えねば
ならなかったのです。本当に可哀そうなことをしました。早くに、苦しませずに送ってやる
べきでした。

有機リン系の農薬の中毒で安楽死を選んだサリーの時も決断が遅れてしまい、マイヤと
同等のえぐるような苦しみを長い時間、味わわせてしまいました。一旦、獣医さんに来て
もらって安楽死の処置をお願いしたのですが、獣医さんが差し出したプチトマトを口に
したので(好物でした)、獣医さんは、これなら処置は必要ないと言って、何もせずに帰り
ましたが、帰った直後にトマトを吐き出し、より一層苦しみ始め、悲鳴を挙げ続け、苦しい
呼吸で喘ぎながら、半日後に衰弱してこと切れました。犬は飼主の前以外では、たとえ
危篤状態であってもシャキッとするんです。警戒心があるからでしょう。

子供の頃から今に至るまでに30頭近くの犬達を看取って来ました。
息を引き取る時が来たのだというのは、獣医さんに聞かなくても、犬の毛の状態、歯茎の
色、脱水の進行状態、呼吸の状態、犬の姿勢等で分かります。

亡くなる当日の犬は、呼吸していて生きているはずなのに、その毛が、まるで剥製の
毛のように見えるのです。脱水症状のせいです。顔の脱水も進みますから、人間の
ように皺こそできませんが、表皮と頭骨の間の水分が抜けたような弾力の無い感じに
なります。脱水が更に進行すれば顔の皮膚だけでなく眼球にも変化が現れます。
筋肉が冷えて、生きているのに硬く、強張ってきます。
だから、乾燥し切った剥製のように見えるのです。そして、舌がだらりと口の脇から
出れば、あとは秒読みです。

老衰なら、この状態まで看取ってやるべきですが、マイヤのように激痛を伴う膵炎や
サリーのような服毒、私は経験ないですが、激しく痛む癌などの場合は、治る見込みが
ほとんど無いと分かった時点で、決断を出してやるべきです。期待しても犬の苦しみ
以外、何も得られません。

●元気だった頃のターシャとマイヤ
TashaMaya

御自分の犬を癌や膵炎で泣く泣く安楽死で看取った方たちや、御主人様を膵臓がんで
見送った方から、私の意見に共感するメールを頂戴しました。

昨日の記事で書いた、劇症膵炎であらゆる手を尽くしても激しい痛みを取り除くことが
できず、自らが選んで安楽死でお亡くなりになった男性には、小学生のお子様が2人
いました。大変子煩悩な方でした。その方が、愛するお子様たちと別れることになるのを
承知で、「お願いだから楽にしてくれ。死んでもいい」と奥様に懇願して、死ぬのを覚悟で
強い痛み止めの麻酔を打ってお亡くなりになったのです。

私のマイヤも同じように思っていたのだと思います。私の傍に居たいから、苦しくても
痛くても頑張る・・・だなんて思いはしなかったはずです。未熟児で生まれ、常に私の
傍に居た子で、9年以上を共に過ごした子でしたが、マイヤは私と一緒に居たいから
苦痛に耐える、頑張る・・・だなんて風に思いはしなかったはずです。断末魔の生き物は
人間も含めて、その苦しみから逃れたいと願うのが当たり前です。

私の2頭目の馬は、ある日、突然、脳血栓か何かで左旋回を始め、まともに歩けなく
なって、何十回も地面に倒れ込み、脳挫傷で亡くなりました。24時間以上、36時間
くらいでしょうか、乗馬クラブのスタッフと共に付き添い、名前を呼び続けましたが、
おそらく、あの苦しみの中では私のことなど分かりはしなかったと思います。
もう傍に誰が居ようが関係ない、ただただ痛みと苦しみから逃れたかったのだと
思います。

●馬は普通なら20歳くらいまで生きるのに12歳で死亡しました。
PearlMRCridingclub

体重が400kg以上の動物が目の前で倒れ込み、土煙が上がり、コンクリートの
洗い場で倒れ込んだ時には、蹄鉄とコンクリートが擦れて火花が出ました。
獣医師があんまり近くに車を停めるものだから、車に倒れ込んでドアが壊れました。
それで、余計に身体を痛めたのです。オロオロして不甲斐ない獣医でした。

あの時も、できることなら安楽死をさせたかったのです。ですが、馬の権利の半分は
乗馬クラブが持っていたので(メンバー2人で1頭を購入して預託する形態でしたが、
もう半口は空いていたので、クラブが権利を持っていました)、私の一存では決められ
ませんでした。

お金があったら、残りの半口を購入してでも、安楽死をさせてやりたかった。私に
お金が無い為に、余計な苦しみを与えてしまったと後悔しています。

何度も書きますが、安楽死は、人が、愛する動物の為にしてやれる最後の治療です。
犬の苦しみを取り除いてやる為のものであり、決して、飼主の悲しみを減らす為の
ものではありません。
そして、愛犬の死の悲しみを逃げずに受け止める人こそが本当の愛犬家だと思います。

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